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不埒な夢。

女性向け小説ブログ。年齢制限作品込みにつきご注意願います。

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(SS)親心(66666ゾロ番リクエスト・ソノ②)

―サアアアァァー………



空から降りしきる、雫。
土地柄、それは随分とあたたかい。
濡れる毎に少なからず温度を奪われる身からすれば、熱くさえ感じられるほどに。

この場所のことを知ったのは、いつのことだったろう。
一年を通して気温が高くて、食べるものはとても辛く、果物の実りがとても多い国。
だから雨の降り方はとんでもなく激しいのだけど、年に何日か、それがとても柔らかになるのだとか。


新婚旅行はここにすると、前から決めていた。
理由はスラの妊娠。
羊水の海で育つ娘に話しかけながら思ったのだ。
彼女はどんな気分だろう、と。

まるで母親の胎の中にいるようだと伝え聞いた、この場所のこの時期の雨を、どうしても感じてみたかった。
父親になろうという時だからこそ、どうしても。


娘のゆりかごになってくれていたのは、気鬱の種でしかなかった雨の日を、普段よりも少し贅沢な時間にしてくれた人。
垂れ込めた灰色の雲に太陽が遮られる日というのは、ひどく眠いか気が重くなるかのどちらかだった。
ほんのりと漂う憂鬱さのままに思いをはせたり、心を許した相手と静かな時を分け合って愉しむようなやり方は、一人では決して得られなかったものだ。
私は幸いにもその人と、未来を一緒に進むことを許された。
彼女が育ててくれた命が、私たちを結び付けてくれたのだ。
その子は無事に、女の子としてこの世界に生まれてくれた。
分娩の時の、スラがこの手を握った力を、私は今もはっきり覚えている。
ああして女性は母親になるのだと思うと、自分は何か、遅れをとっているのではないかと不安になったほどだ。
数時間後との授乳とおしめの交換を、毎日立派にこなしていることだってそう。
私が恋した小さな女の子は、今や立派なおかあさん。


「………あったかいねぇ」

「ええ……」

「不思議、お風呂入ってるみたい……」

「石鹸の匂いはしませんよ?」

「うん…石鹸より、ずっといい匂い……」


隣でずぶ濡れになっているスラは、気持ち良さそうに目を閉じている。
一部屋一部屋が個室になっているこのホテルは、緑の豊かな場所に建っているので、雨で木々が香り立つのだ。
濡れた葉の匂いは、『森林の香り』の入浴剤よりももっと青々としていて、瑞々しい。

上向いた顔面に雨粒を受けながら、娘のことを考えた。
沙羅と名づけた私たちの娘。
スラの実家に預けてきたのだが、お義父さんとお義母さんのあの喜びよう。
デジカメのメモリが足りなくなるんじゃないかって勢いで写真を撮っていたが、今でもそんな様子だろうか。

考え出したら、なんだか。


「沙羅ちゃん、どうしてるかな……」

「心配、ですか?」

「うん……まぁ、ねぇ?」


私の思考を読んだかのように、スラが呟く。
聞けば珍しく歯切れが悪い。
あって当然のその感情を、久しぶりの二人きりの中に持ち込んでは悪いと思っているのだろう。
全くやきもちを焼かないと言えば嘘になるけど、私だって一応親のカタワレだ。
気遣いは無用なのに。


そこまで思って、危惧が杞憂に終わっていたことに気付いた。
特に意識なんてしなくても、私の中にもちゃんと芽生えていたのだ。
何をどうしてあげるのが正しいのか、勝手の分からないことは沢山ある。
けれど、私にとっては新鮮で特別なこれからは、私の父も母も、スラのご両親も辿った道だ。
最初のお風呂では手つきが心許ないって心配されたけど、それだって回数をこなすうちに慣れられた。
確かに、これからも難しいことは多いかもしれない。
でも、私の隣にはいつだって彼女がいるのだから。


「…帰るの、一日早めましょうか?」

「えぇ? ダメだよそんなの
せっかく来たのに、勿体ないよ」

「沙羅が心配なんでしょう?」

「うん……でもさ、久しぶりの二人だしさ」

「二人で寛ぎたいけど、沙羅のことも気にかかる?」

「む~ん………困るよねぇ」

「…私も同じです
二人なのは願ったりですけど、アレの泣き声がしないのがかえって不安で」


雫の滴る髪をかきあげながら苦笑すると、何とも嬉しそうにスラに抱きつかれた。


(SS)だって(66666ゾロ番リクエスト・ソノ①)


「それにしても、あっという間に寒くなったねぇ」

「ええ、ほんと…」

「本当にねぇ! 今年は秋がほとんどないような天気なんだもの
衣替えが間に合わなくて大変よぉ」

「……そうでしたね」

「………」

「んん……あぁ、そうだ
ニュースで見たんだが、それでも今年はマツタケが豊作らしいよ
知ってたかい?」

「あ、はい ニュースで見…」

「そうそう! そうらしいわねぇ
私はまだ見かけてないんだけど、美味しそうなのがあれば買ってこようかしら
ねぇ、どうやって食べようかしら?」

「……う、ん」

「…………」


夫が咎めるような視線を、こちらに投げてくる。
先ほどから、自分が『彼』に振った話の取っ掛かりを潰されて、ペースが掴めずに困っているのだ。
正味のところで言わせてもらえば、私はこの人のこういうところが気に入らない。
自分の娘がかしこまって、スーツ姿の彼氏と連れだってきたとなれば、意味するところは大体決まってくる。
なのにどうして、この緊迫した空気を崩すことに協力するような態度をとるのか。

私は別に、文句があるわけではない。
娘の交際相手がまれに見る美男子で、どこに出しても恥ずかしくないような人となれば尚更だ。
その人が娘を大事にしてくれていることを喜ばない母親なんて、いるわけないではないか。

ただ思うのだ。
こんな風にやってくる前に、一言言ってくれればよかったのに、と。
大抵の場合、娘は今日みたいな日を設けてもらうときには、先に母親に根回しをしておくものだ。
陥落に手間取る砦(=世の中のパパ)を攻略するなら、内側にいる人間を協力者にするというのはセオリーのはず。
なのに、私の娘はこういうところのツメが甘すぎる。
愚直と言うかバカ正直というか、とにかく、正攻法の真っ向勝負しか知らないようなところがあって。


「ママ、あのね…」

「! そーだった!
一昨日ねぇ、鎌倉のおねえちゃんからお菓子もらったのよぉ!
レーズンサンド、あなた好きだったわよねぇ?
ちょっと待って、持ってくるから」

「ママ、ちょっとママ待って……あぁ」

「あ……あのどうぞおかまいなく」

「はは………すまんね、慌しくて」

「いえ…」


だまらっしゃい。
なにが『すまんね慌しくて』よ。


この家を建てたときに気に入らなかったこと。
それは居間と食卓の距離が近すぎるということだ。
席を外している間のやりとりが向こうに聞こえてしまうのは都合が悪いし、きまりも良くない。
裏を返せば、退席してもあっちの様子がわかるということだ。
史惟くんに迎合するような、やたらに当たりのいい夫の様子も。

おっと、いけない。
こういうときは、あからさまに嫌な顔をした方が負けだ。
腹の中はともかく、笑顔はきちんと。
お茶を入れながら口角を上げる練習をし、箱からレーズンサンドを取り出す。
ヒナコの好物だ。
パティシエもしている彼の茶菓子に有名店のものを出すなんて、ちょっとばかりエスプリが効いて良さそうだ。

不謹慎な可笑しさをにこやかな顔に還元して居間に戻れば、娘が緊張した面持ちで私と目を合わせた。
何か言いたそうな印象を無視して席に戻る。


「さ、どうぞ
お茶、あったかいうちに召し上がって」

「あ…いただきます」

「さ、ヒナちゃんも食べて」

「うん…ママ、あのね、その前に……」

「あなたそう言えば聞いた?
高野さんのところの初枝さん、先週やっと退院ですって」

「へ? は、あ、うん……」

「ぎっくり腰だったのよ、高野さんの奥さん
史惟くんもやったことない?」

「ぎっくり腰、ですか…いや、まだなったことないですね」

「ねぇ、ママ、話したいことがあるんだけどいい?」

「あら、ヒナちゃん食べないの?
やだわこの子ったら、すっかり口が肥えちゃって」

「食べないなんて言ってないよ、ちょっとだけ時間ちょうだいって
…ねぇパパ、いいでしょ?」

「うん…そうだね」

「なに? 二人だけでわかりあっちゃって
やだぁ、もしかして私一人仲間はずれ?」

「違うよ」

「んもぉ、ひどいじゃないヒナちゃんたらぁ
ママに隠し事なんて、いつそんな悪いこと覚えたのぉ?」

「隠し事なんてしてないよ」

「…ほら、二人とも落ち着きなさい」

「ねぇ暁さぁん、私にも教えて?
ヒナちゃんと、何内緒話したのぉ?」

「内緒話なんてしてないってば
おかしいのママじゃん
二人で挨拶したいってこと言おうとすると、いつも話そらしてさ」


かっと頭に血が昇った時、隣の夫が私を見た。
何も言わず、仕草もないのに、妙に意志のこもった目をしていて戸惑った。

ときたま、彼のことがひどく癪に障るときがある。
普段はふあふあして頼りがいなんてないくせに、何かあった時には、気付くと私より少し先を歩いているのだ。
今だってまさにその通り。
私の気持ちもなにも無視して、この場を取り仕切って、ヒナちゃんたちの味方して。


「……突然のことで、驚かせてしまいましたね
本当、申し訳ないです」

「しのぶちゃんが謝ることないじゃん」

「ヒナ、いいから」

「……」

「…今日がだめなら、日を改めます」


ショックと落胆を露にした娘に、男前の彼は笑いかける。
二人の間の何かに、私の不機嫌はまた募る。
だって仕方ないじゃないか。
私の娘なのに。
まだ22歳になったばかりなのに。
だって。
だって。


「とりあえず…今日は諦める、ということなのかな?」

「それは違います」

「ふん……」

「あくまで日を改めるだけです
お二人が快く許してくださる時を、二人で待ちます」

「気持ちはもう決まってる、そういうことかな?」

「………はい」


短いその一言を発した後、娘の交際相手の美青年は、花が綻ぶように笑みを作った。
社交辞令やら営業スマイルなんてものとは全く違う、特別に華やかな笑みだった。
そこらの45歳・主婦なら、簡単にコロリと参るくらいに。
臍の曲がった私にはそれさえも癪。


「……母さん、ほら、機嫌直して」

「……ずるいわよ、二人ばっかり仲良くしちゃって」

「キミも素直に言えばいいのさ、こんなに早くお嫁に行っちゃ寂しい、って
そうだろう?」

「………」


でも一番に癪なのは、暁さんの手のひらでうまく転がされてしまう、私自身。


「…そうなの、パパ?」

「そうさ」

「…違うもん」

「母さん」

「私暁さんのママじゃないもん」

「……真由子さん」


顔を背ける私の背に、夫が手のひらを添えてくる。
強張った胸の中がほぐれるような心地に、素直じゃない私は、あとほんの少しだけ抵抗した。
それでも声には甘さが滲んで、その場の空気は自ずと柔らかになってしまった。


「ずるいわよ、みんな」


(SS)ふらいみーとぅーざむーん(55555ゾロ番リクエスト・ソノ②)


「……お、きた! あ、また!」

「………」

「ぅおわ2コキター!!
ちょっとカレンさん、ほら、早くこっち!」

「はいはい…」

「わあぁ願いごとねがいごと……ダメだ~、三回も唱えられないっ」

「…好きだニャ~、あんた ふんとに」


ここは30階建て2LDK。
櫻井カレンの自宅です。
仰るとおり、女の一人暮らしにはリッパ過ぎます。
でもパパがここに住めって言うんだもん。
家賃払ってあげるから、女の子の一人暮らしは危ないから、セキュリティのちゃんとしたとこにしなさいって。


あ、パパっていうのはもちろん実父です。


「カレンさ~ん、すごいっすよマジで~!」


え?
さっきからベランダで騒いでんのは誰かって?
カレはですね、同じ会社の後輩にして、向かいの部屋の住人さん。
なんちゃらとかいう流星群が来るのだと言って、自分の部屋では見えないからって、美味い酒とツマミを土産に、あたいの部屋に上がりこみおったのです。
名前は森田準くん。
わたしとおんなじフツーの平社員さんです。

あんなコの稼ぎじゃ、向かいの部屋(うちとおなじ値段のはず)なんて絶対借りれないと思うんだけど……。


「………うんめぇ」


何かと付き合いのある彼の謎を浮かべつつ、土産にもらった赤ワインを飲んで思わず唸ってしまった。
コンビニめしでもカップめんでも美味しそうに食べる、彼のチョイスとは思えないクオリティ。
ラベル見てもあんまり、てか全然知らないやつなんだけど…。


「ねー準くんよぉ」

「…わ! わ、わ!
は~い? 何すかー?」

「このワインさ~、やったら美味いんですけどー」

「でしょー
それねー、知り合いのソムリエに選んでもらったんですよー」

「生意気ー、ソムリエの知り合いなんているんだ?」

「一応、ね」

「その人、大分目利きだね
なんて人? 紹介してよ~ん」

「だめだめ、加持さん忙しいっすもん」

「いーじゃぁん、教えてよお
同じ加持だって、加持光崇(かじみつたか)じゃあるまいしぃ」


加持光崇っていうのは、今一番有名なソムリエね。


「だから、その加持さんだっつってんすよ
なまじコンテストで勝っちゃったせいで、最近じゃ本業がおぼつかないみたいっすよ」

「……ははは、またそんな~」

「そやってボヤきながらもね、嬉しそうにソレくれたんす
やっと夢が叶った、って」

「夢…?」

思い出してみるのはいつだか、あらイケメンじゃないの、なんて言いつつめくった、雑誌のインタビュー記事。
話題のソムリエは確か、「自分の理想のワインを作ること」
が夢だと言ってはいなかったか。
そんでもって、ワインにつける名前はもう決めてるとかって。

テーブルに戻って確認する、ワインのラベル。
装飾がかった優美なアルファベットが綴る、『Fly me to the moon』。
加持光崇が付けるのだといっていたのと、同じもの。


「………うっそぉん」

「…あ、うんめー!
さっすが加持さんだぁ」


いつの間にか室内に戻ってきていた彼、だばだばグラスに注いで一飲み。
ぱか、と口があいたまんまのわたしに、『試飲のための非売品なんですって』だと。
ビビる前にもう呆れるよね。
有名ソムリエと交流があって高級マンションに一人住まいの24歳リーマンって、普通にありえんでしょうが。


「あれ、カレンさんもうギブですか?
残りもらってオッケー?」

「ぬかせ! 
ガキンチョに加持ワインなんざ10年はやいわっ
おまいはおとなしくウェ○チかファ○タグレープでも飲んでおれっっ」

「ひど…俺が持ってきたのに」

「大体!
いくら星見たいからって、恋人でもない女の部屋に上がりこむアホがどこにいんのっ」

「先に男の部屋に上がりこんだ非常識はだ~れだ?」

「あれは…あれはいいのっ
酔ってお部屋間違えただけなんだからナシなのっ」


言い募るわたしを眺めつつワインを飲む準は、やたらゴキゲンな表情。
4つも年下のくせに、何でこんな、余裕綽々でいられるかな。
さっきまで流れ星見てキャッキャしてたくせに。


「はぁ………彼氏ホスィ」

「へへっ、いつもながらまた唐突な」

「いいもん、超カッケー彼氏つかまえて、準なんかが馴れ馴れしくできないようになってやる」

「ほんでそのイケメンダーリンに、月にでも連れてってもらいますって?
お星様と戯れてキ~ラキラ?
ははは、よく考えるとラリった歌詞っすよね、あれ」

「あんた!
なんで流星の良さがわかるのにロマンが皆無なのヨ!
そんなんじゃね、いくらイイ奴だって女の子寄って来ないわよ!」

「今ぁ女なんかにかまけちゃいられませんね
男はまず仕事っしょ、シ・ゴ・ト」

「っは~……つまらんパンピーになりおって
おねいさんは悲しいよ…」

「はいはい、そう言わないで
機嫌直してくださいよ
月には行けなくてもね、星のオチコボレくらいならあげますから、ホレ」

「…だぁ? ! んぐ」


いつものごとく、漫才みたいになってしまう会話。
どっちがボケでツッコミかなんて聞かれてもわかんないけど、わたしと彼が喋ると何故かこうなる。
宥めるような口調に、女捨てたような超ヘン顔で返したら、指につまんだ何かを口の中に押し込められた。
舌の上に転がってきたのは、小さくて丸い、ぎざぎざしたもの。
舐めていると甘く溶けてきて、噛んだら『こりんっ』と音を立てて割れた。



あ…こんぺいとう。



「好きでしょ、甘いもの」


ワインのツマミのひとつに持ってきたらしいそれを、準もにこにこしながら口に入れ、星を見ようとベランダに促された。
ここは都会のど真ん中みたいなとこだけど、これだけ空に近いと、案外星ってみえるものらしい。
アニメとか映画みたいに、見上げた濃紺の夜空にヒュンヒュン星が落ちてる。
隣でワイン飲んでる準はそれに釘付けで、くりっと黒目がちな目ン玉は、心底楽しそうにキラッキラ。

ほんとに。
わかんないんだ、彼は。
こうして見てるとちっちゃい少年みたいなのに、年上のわたしふん捕まえて振り回したり、大人の人みたいに上手にあしらったり。
謎だって多いしさ。


好きか嫌いかって言われたら………そりゃあ、ねぇ。


「準」

「はい?」

「も一個くれ」





【補足】
準くんは大会社の御曹司なのですが、その辺の素性を隠して今の会社で働いています。
お部屋はカレンちゃんと同じく、パパからのプレゼント(笑)

また、作中で話題になっているのは『Fly me to the moon』という曲で、フランク・シナトラや最近では宇多田ヒカルが歌ったりしているものです。
以下、準くんが話題にしている、サビの部分の歌詞(抜粋)です。

『Fly me to the moon, and let me play among the stars.
Let me see what spring is like on Jupiter and Mars.』




(SS)女の子だって気になります(55555ゾロ番リクエスト・ソノ①)






このお話の中では、女の子同士が男の人の『アソコ(・∀・)』の構造についての不思議を語る描写があります。
年齢制限はしておりませんが、下世話な話題です。
閲覧される際には十分ご注意願います。





(SS)AFTERWARDS(33333ゾロ番リクエスト)


「リニューアルだぁあ!?」

「そ」


定休日の午前11時。
スツールに私、カウンターの向こうに彼。
パソコンの画面で経理ファイルを眺めながら、私は彼の言葉を肯定した。
あっちが大声になるのも無理はない。
大々的に店内の改装をするとなれば、かなりの費用がかかるのだから。
一番したかったのは『ヤニ取り』。
もともとバーから始まったので、店内にはタバコのヤニが染み付いているのだ。
喫煙可能なスペース独特の、どこか気だるい雰囲気は確かに悪くない。
けれどそれは、今のこの店のウリにはちょっと不似合いなのだ。


「今や世の中禁煙ブームでしょ?
分煙なんてハンパなことしないで、いっそのこと健全なカフェにしちゃいましょ
お酒は今までどおり夜に出すとして、ね?」

「…喫煙者差別だろ」

「フクリュウ煙の危険性、レクチャーした方がいいかしら?
あと他人の吸うタバコの煙がいかにクサいか」

「……オーナーの決定事項、ってんだな?」

「そういうこと
異論があるならどうぞ?
あたしの味覚と経営手腕にどれだけの実績があるかを知っててあえて言う、っていうならね」

「………」

「あれ、ダンマリ?」

「………」

「ちょっと、黙って怒んないでよ」

「…………」

「んもぅ、しのぶちゃんたらぁ」


画面から彼のほうを向いても、視線を合わせてくれない。
どうもキゲンを損ねたらしい。
カウンターの内側に回りこみ、近寄ってもふいとそっぽを向いてしまった夫に、私は仕方なく擦り寄った。


ひと回り近く年上の彼とは、知り合ってからもうすぐ10年になる。
危ない大人の男性だと、付き合い始めの頃はずっと思っていた。
印象が少しずつ変わり、たまに幼い少年のように見えるようになってきたのは、いつからだろう。
べらんめぇが代名詞だったはずの彼は、私が大人になるにつれて口数が少なくなった。
双子の兄にあたる人に、彼がもとはおしゃべりな性質でないと教えられて、私は初めて、自分がどれだけこの人に気を遣ってもらっていたかに気が付いた。


「…また忙しくなるんだろ、リニューアルなんてするなら」

「仕方ないよ、これがオーナーの仕事だもん
……心配?」


未だそっぽを向く頬に手を添えると、夫はその手に自分のものを重ねてきた。
バイトから初めて経理と経営を学び、彼と一緒にメニューや店の方針などを決めるうち、私達は一応の肩書きを二人で分け合った。

パティシエ兼バーテンは彼、フロアマネージャー兼オーナーは私。

大変でも仕事は楽しくて、のめりこみすぎて、一度過労で倒れたことがある。
あの時は大分叱られた。
たかだか金儲けのためなんかに身体ダメにするバカがいるか、って。


「大丈夫だよ、もう
絶対無理しないからさ」

「………」

「約束する、夜はちゃんと寝るし、仕事は持って帰らないから」

「……本当だろうな?」


冷たいアイスブルーの目に映る、少しの猜疑と沢山の心配。
二つの感情の土台には、私たちが時間をかけて築いてきたものがちゃんとある。

歳を経てなお夫は男ぶりを上げるばかりで、こういう表情を近くで見せられるとたまに腹が立つ。
鋭さを失わないままの整いすぎた容姿には、年齢に裏打ちされた包容力が加わり、惚気と言われるだろうが飽きたと思ったことがない。
今や女性客に支えられているこの店の名物は、美味しいスイーツとそれを作る美形のパティシエ。
夜には話のわかるバーテンとしてカウンターに立つ彼の、子供っぽく拗ねた様子なんて、一体どれほどの威力があると思うのか。


「美味しいものもっと考えて、もうちょっと稼ぎ増やしてさ、もう一つ車買おうよ
ねぇ、今度はジャガーにしよっか?
耀さんとこみたいにさ」

「は…っ、贅沢モン」

「へへぇ」


車好きになったのは彼の影響で、免許を取ってからは外国車に乗りたいとずっと思っていた。
お店は二人で頑張ったおかげで、今ではバイトさんを何人か雇っても追いつかないくらい忙しい。
リニューアルで綺麗になって、もうちょっと売り上げが上がれば、躍動感のあるお馴染みのマスコットのついた車だって夢じゃない。

安心して欲しくて笑いかけたら、ぐいっと身体を引っ張られた。



―……(いやぁん)

―……(アツいわね、相変わらず)

―…(新婚さんみたいだねぇ)

「……」

―……(あらやだ、気付いたわよアイツ)

―………(うそ、こっち来る?)

―…(ほらおいで、ここ隠れな)


―バタン!


「遅いわ夫婦デバガメが! オラとっとと入れ!!」

「「……あはぁ♪」」



抱きしめられて背中をさすられる感じは、昔から変わらない。
ああ癒されるなぁ、なんて思っていたら、夫は突然様相を変えて店の入り口に突進。
えらい剣幕でなにか叫んだかと思えば、後に義兄さん夫婦連れて戻ってきて。


「こんにちわぁ」

「相変わらず仲いいわねぇ」

「あ、いらっしゃい!」

「また覗いてやがったコイツら」


苦笑する私と睨む夫に、二人が返すは悪びれない愛想笑い。
最初に会ったときからよく似た空気をもった二人だと思っていたけど、時間が経つごとにますます似てきている気がする。


「ヒナちゃんヒナちゃん」

「あ、はい?」


ちょっとちょっとと手招きされて、近寄ってみれば耳元に『またオッパイ大きくなったでしょ?』。


「…えっ」


思わず赤面する私に、真耶さんがにんまりしながらグフグフ。
実はその通りで、最近下着を全部買い換えたのだ。
絶句する私に見せる人の悪そうな表情は、義兄さんが夫をからかうときとそっくり。


「いやぁん、愛されてるぅ」

「……真耶さんだって、キスマーク見えてるじゃないですかっ」

「! うそ、どこっ!?」

「…はっはーん、昨日は耳たぶの裏にチューされたわけですね」


こちらの切り返しに咄嗟に真耶さんが手を当てたのは、左の耳の下あたり。
いつも何かとからかわれるからやり返すと、彼女はすぐに真っ赤になる。
女の私が見てもすごく可愛いその様子に、『義兄さん見る目あるよなぁ』なんて。


「おら、今日は何タダメシ喰らうんだ?」

「真耶ー、どうするー?」

「しのぶちゃん、たまにはみんなでどっか食べに行こうよ」


四人しかいない割にやたら賑やかな店の中。
午前の日差しが見守るように、窓の外から優しく差し込んでいた。



(SS)白くしなやかな秘密(22222ゾロ番リクエスト)

日差しの眩しさに目を背けようとしたら、腹部に何か温かな塊を感じた。
横向きに寝転んで、足を軽く曲げた姿勢の、すこしくぼみができているあたり。
半分寝ぼけたままそこを探ると、なんだかふかふか毛深い触り心地。
どうも私の懐に鼻面を突っ込んで、くるんと丸まっているみたい。
尻尾はすらりと長く、耳は薄くて、ぴん、と三角形。
手足は……?



―んにゃあぁん…



寝ているところをまさぐられ、強引に起こされるときのぐずり方は、動物も人間も同じらしい。
不機嫌丸出しの鳴き声がひとつ、腹の温もりから響いてきた。
正体にあたりのついた私は触るのをやめ、そっと布団を持ち上げる。
同時に、私のお腹にひっついていた生き物が顔を上げたようで、二つの瞳がきらり、と緑に光った。


「…おはようござ、い、ま、ふぁあ、あ~……」


目を瞬かせながら挨拶したら、語尾にかぶさって欠伸が出た。
それを見ていた小さな生き物も、布団の中でつられたように大きな欠伸。
おもしろい。
欠伸は人間同士だけでなく、動物相手でもうつるらしい。

布団をめくって現れた、朝日に眩しそうに目を瞑った生き物は、まっ白な毛並みの美しい猫だった。
大きさからするに、一歳になるかならないか、といったところか。
見ず知らずの人間の懐に入り込むだなんて、随分肝が据わっている。


それにしてもどこから入って来たのか。
戸締りはちゃんとしているはずなのに。
もしかして、『あの子』の連れのペットか。


考えながらの着替えが済んだころには、猫も目が覚めてきたようで、足元に擦り寄ってきた。
とりあえず持ち上げてみるけれど、慣れないもので上手に抱きかかえられない。
困っていると、猫はバリバリ服にツメを立てながら私の肩によじ登り(痛い)、まるでマフラーのように首の上に乗ってきた。
私の顔の右側には猫の顔、左側には後脚と尻尾。
落っこちたらまた引っかかれそうなので、バランスを取りやすいよう、尻尾の付け根を握った。
右耳に、ゴロゴロと鳴る喉の音が聞こえてきた。


台所に向かったところ、いつもと違って同居人はいなかった。
どこかに買い物にでも行ったのだろう。
待っている間、ソファに倒れて猫と戯れてみる。
まっ白な毛は柔らかくて、いつまで撫でても飽きないほど。
目は綺麗なブルーだが、両目が青の白猫は珍しいのではなかったか。
肉球の弾力は絶妙で、ぷにっとした感触に癒される。


「きみ、どこから来たの?
名前はある? 誰かに飼われてるの?」

―……


何を聞いても答えはないけど、嬉しそうな喉の音が止まない。
きっと、構われるのが好きな子なのだろう。
身体の上に乗せて撫でたり話しかけたりしているうち、白猫はだんだん眠そうな顔になってきた。
その気持ち良さそうな表情に、こちらもなんだか眠気がぶり返す。


「もうちょっと…待ってましょうね……」


私の胸に顔を擦り付けるようにして眠ってしまったのを見届け、私も二度寝をすることにした。


目が覚めると同居人の彼女が戻ってきていて、ゆで卵を流水で冷やしていた。
白い猫はもういなくて、温もりさえも残っていなかった。
彼女に聞いてみたけれど、猫なんてどこにもいなかった、という返答だった。



それからしばらく経った、別のある朝。
白猫はまた私の懐に現れた。
相変わらず、どこからやって来たのかはわからない。
今度こそ彼女に尋ねようとしたけど、その日もやはり彼女はおらず、待っている間に白猫はいなくなってしまった。

そんなことが、何度かあって。




「……なるほど、そういうことだったわけ」

―んる?

「んる? じゃなくて
昨日の夜は……もうちょっと毛が薄かったですよね?」

―……

「あら、黙っちゃって
ていうことは、心当たりがあるんですね?
ね、そうなんでしょ?」


ただの同居人が片思いの相手になり、めでたく恋人になった後。
私はネットサーフィンをしていて偶然、あるサイトに行き着いた。
そこで紹介されていたのは『半獣』。
人の中に紛れて生きる、獣と人の間の存在。
月の満ち欠けと天候によって姿を変える、人であって人でない者達。


「いい根性してるじゃないですか
嫁入り前から男の寝室に夜這いだなんて
しかも懐にべったり、やだもうエッチぃ」


からかい気味に話しかけているのは、いつものようにお腹のところに丸くなる白猫。
しつこく質問している理由は、その半獣たちの守護獣(半獣たちが獣化したときの動物)の種類の一つに、『猫』があったから。
私は知っているもの。
お転婆で、大胆で、悪趣味なサプライズが大好きなオンナノコ。


「一番最初って、出会ってからそんなに経ってませんでしたよね?
あれ、もしかして結構早い時期から片思いしてくれてました?
いやあ照れるぁ、あっはっは」


儚ささえ感じさせる麗しさをたたえているくせに、やってることは正反対。
改めて言葉で聞かされると恥ずかしいのか、ますます丸くなって顔を隠してしまう。
この様子だと、意地でもただのネコで通すつもりらしい。


「ほら、早くもとに戻って
これじゃ何もできないでしょう?」


あんまりいじめるのも可哀想なので、カーブする背骨を撫でながら促してやる。
ふ、と頭を持ち上げてこちらを見てきたので、脇の下に両手を差し入れて抱き上げた。
肩甲骨の浮き出る、背中の真ん中のくぼみに、音を立ててキスひとつ。
その瞬間、顔や手に感じていた毛は一気になくなり、視界はなめらかな人の肌でいっぱいになった。
腕に抱えたものの重みも増して、顔を上げればカスタードクリームの髪と、そこから見え隠れする艶っぽいうなじ。
頭の端に見える耳は、火傷したみたいに真っ赤で。


「くそ……バレたっ」


照れまくるスラを背後から抱きしめながら、私は実にだらしなく笑った。
彼女のこんなところが大好きな私も、結構な悪趣味だろうな、と。


(SS)冷たく酷いくちづけ(11111ゾロ番リクエスト)


―ごそ、がさ……


んっふっふー♪
いっただっきまー……!


「あーきーらーちゃんっ」

「ひっっ」


宇治金時の棒アイスをこっそりかじろうとしていたぼくは、突然後ろからかけられた声に背をびくつかせた。
シドはなんともいやらしい手の動きで、ぼくの両肩を掴む。


「そ~れ~は~わ~た~く~し~の~で~しょ~ぉ……」


先週テレビで見た映画。
恐怖の魔王が地上を支配しようとするファンタジーもの。
その魔王の喋りのまねっこが、シドの最近のマイブームらしい。
もとが低めの美声なのだ。
耳元でそんなのされると、ちょっと冗談じゃ済まないってば。


「あ、あはは……なんかね、ほら、食べたくなっちゃって」

「…どうせこんな事だろうと思った
この時間に『テレビ好きなの見ていいよ』なんて、晶ちゃんが言うはずないもの」

「えへ…えへへへへ………」


…やばい、やばいぞ。
シドの目がアブナイ。
声どころか、これほんとに魔王モードじゃんっ。


「あなた悪い子よ、最近
今日は人のもん盗み食いするし、こないだは夜中に抜け出して男漁り
大体いつ、どこで買うのかしら
あんないやらしい…」

「だっ、あれは違うってば!
前からシドに言ってたじゃない!
ちょっと血をわけてもらうだけだって!」

「ふん、どーだかー
ご丁寧にミニスカート破って、スリット深くしてたくせに」

「……仕方ないじゃん
男の人が寄ってきてくれなきゃ、もらえるもんももらえないもの」

「………」

「! もがっ、んー!」


仏頂面のシドはぼくから棒アイスをひったくり、ぼくの口の中に突っ込んだ。
口の中いっぱいに詰め込まれる冷たさにもがくけど、シドが棒を離してくれないからぼくは悶えまくり。
鬼畜なイジメをしながらシドがむしかえしているのは、ちょっと前の出来事。
ぼくはシドの血しか飲んだことがないから、気になっていたのだ。
人間の男の人の血って、どんな味がするのか。
試してみたいって正直に話したら、ものすごく不機嫌な顔で反対されて。

あんなものに興味もたなくてよろしい。
晶ちゃんにはまだ早すぎる。
マトモな相手から血をもらえることなんてまずない。
第一、人間の血を得るために何をしなくちゃいけないのか、わかっているか。

吸血鬼が血の代償に与えるものは快楽だ。
つまり吸血行為の前に、肉体を使ったある程度の『歓待』が必要になるってこと。
最後までしてあげる必要はないけど、若干イヤらしい展開になることは覚悟しないといけないわけ。


お食事目的だとしたって、ようやく得たばかりの『伴侶』が他の男とイチャつくことを、シドが許すはずもなく。
せっかく上手く家を抜け出したというのに、あの夜、ぼくはみすみす獲物を逃がすハメにおちいったってわけ。
家に帰ったらきついお仕置きが待っていて、ベッドは猟奇殺人現場みたく血まみれになって、まるっきり最初の夜の再現。


「ほんと悪い子
嘘ばっかり吐くんだから」

「んんー! んんんー!!」

「なにがちょっとだけ、よ
思いっきりおめかししてたくせに」

「んー!」

「わかってる、オトナの歓楽街で遊んでみたかったんでしょう?
お酒ひっかけたり、男誑かしたりして
本当に血をもらうだけで済むもんですか」


違うー!
ほんとに血ちょこっともらうだけのつもりだったんだもん!!
下心なんて全然ないもん!
アイスが歯にしみるよおぉ!!


「いやらしい格好して、男がじろじろ見てくるの楽しんでたでしょう?
不思議なのはあの黒いレースの下着なのよね
ずうっと一緒にいるのに、どうしてわたくしはアレを今まで見たことがなかったのかしら?」


心当たりを指摘され、どきっ、と胸が暴れた。
アレはケータイから通販で手に入れた、『夜のおでかけ』のため衣装のひとつ。
あんなカゲキなのシドに見せられなくて、タンスの一番奥にしまっておいたのだ。
そんな努力も、あの夜にぜーんぶパアになっちゃったけど。

口の中でアイスが溶けて、しゃくっ、と音を立てて割れる。
雫が垂れないように唇を舐めたら、シドも棒アイスの先端、ぼくの歯形にかじられた部分の横の、いびつな形になったところを美味しそうに舐めていて。


「わかってるでしょ、晶ちゃん
わたくしに隠し事をしたらどうなるか」


ぱく、とその部分を食べたシドが近づいてくる。
背負ってるオーラが怖くて固まってたら、冷たい宇治金時味の唇が押し付けられた。
口の中に押し込まれる、溶けかけのカケラ。
背筋にゾゾっと戦慄が走ったのは絶対、絶っ対にアイスなんかのせいじゃないぞ。
あっ、やだ、ばかぁ………。


「シドぉ……」


魔王モードのシドはフェロモン三倍(トリプル)増し。
口で触れ合ってただけなのに、ぼくは思いっきり発情させられてしまった。
勝手に身体は熱くなるし、牙までぐんぐん伸びてくる。
ぼくの変化を見下ろすシドは、溶けたアイスに濡れた指の先で嬉しそうに、唇からはみ出てきたぼくの牙を撫でて。


「んふ………お残しは許しません」

「もがっ」


唇と舌はもう一度吸い上げられるのを待っていたのに、シドはそこに、つめたーく食べかけの棒アイスをぶち込んだのだった。


(SS)あなたのとりこ(10000キリ番リクエスト)



―どさっ


「………」

「…大丈夫? ちょっと疲れた?」

「……んんん~にゃぁ~~~~!」


げっそりした様子の耀は、帰宅した途端にソファにひっくり返った。
ぴくりともしなかったのは最初だけで、だんだん声を張り上げながら脚をばたつかせる。
買い物した後、今日こそは二人で史惟んとこでゴハンしようっていう予定だったのだ。
ウワサの彼女さんがバイトで入ったとかで、耀はあたしを紹介するんだって張り切ってて。


「何よ何よぉ! アタシのこと目の敵にしちゃってさ!
見た目で人の事キメつけちゃダメだって、学校で教えてたくせにィ!!」


その史惟の店で会ったのが、うちのおばあちゃん。
先週からうちに遊びに来ているのだ。
せっかくだからと思って耀のこと紹介したら、『ダメよ、こんななよなよしたオカマみたいなの』だって。
その時耀は、普通に男の人の格好してた。
パパやママには容認されてる女装だけど、さすがにおばあちゃんに会うときはマズいよ、ってことで。

若い頃、おばあちゃんは小学校の先生をしていた。
だから自分はマイペースなくせに、人には結構キビしいのだ。
おまけに妙なところに目が行き届く人。
せっかくちゃんとした格好で会ったのに、『あんた普段そんな服着ないでしょ』、って。
どうもおばあちゃん、どっかで耀のことを既に知っていたみたい。
だからバッチリ女装の耀に出くわした今日なんて、辛辣ぶりのひどいこと。


「何アレ! 腹立つー!
『オカマに女はいらないでしょ』ですって!
にゃぁ~あったっしっはオカマじゃないわよ!
ナンなら見せたっていいんだから!
自慢の×××で#$%&なんて♀♂♀♂♀よ!」


…色々アブなくて文字にできないよ耀。
それにそのカッコと喋りでその主張はないって。
誰も信じないよ。


「気にしないで、おばあちゃんどこででもああだから」

「いいわよいいわよっ、どーせアタシはヘンタイだからっ」

「耀……そんな落ち込まないで
史惟だって大分ヤられてたじゃん、ね?」

「………」


クッションを抱きしめて視線をその辺に固めているのは、思い出している証拠。
双子の弟だってことがバレた史惟も、とばっちりを喰らっておばあちゃんにコテンパンにされてた。
『顔のいい男は信用できない』だの、『どうせあっちこっちで種まきしてるに決まってる』だの。
微妙に引き攣ったカオからするに、きっと心当たりがあるに違いない。
あっちは今頃修羅場かな。


「………くくっ」


史惟は器用な男で、何をやらせてもソツなくこなす。
いつでも余裕風吹かしてて、癪なくらいで、女関係でもそうだってことなんて、簡単に想像がつく。
そんなアイツが、あたしよりもまだ年下の子に入れ込んでるって知ったのは大分前。
いかにも元気印な女の子ちゃんで、史惟の連れって言われるとちょっと意外なくらい。
そんな子にこってり絞られて、デカイ図体を縮こませていると思うと、自然と笑いがこみあげる。


「はははぁ、ヒナコちゃんこわそ~だもんねぇ」

「耀もそう思う?」

「うん、絶対ご機嫌取りしてるって」


うつ伏せにソファに寝転がっていた耀が、仰向けになりながら返してくる。
クッションを放り投げ、こちらに両腕を広げてみせるので、遠慮なしに上に乗っかった。
胸から香るのは甘い香水の匂い。
多分女性モノだろう。
これで『あたしはオカマじゃないわよ!』って、いくら主張したってねぇ。


「ね、これ何の匂い?」

「うん?」

「香水、甘いやつ 何つけてるの?」

「これ? 今日はランコムの『トレゾア』だよ
…もしかして匂いキツかった?」

「ううん、ちがうの
おしゃれさんだな、って思って
香水も女性モノでしょ?」

「そおよ どうせするなら徹底的にヤんなくちゃ
アタシのこの美貌が勿体ないじゃない!」

「……それで女装はじめたの?」

「そ、だって一番アタシに似合うんだもん
それにヘンだと思わない?
女の子はズボンもスカートも穿けて、綺麗で繊細なアクセサリーだってつけられる
なんで男はダメなの?
不公平じゃない、スッピンや男性モンの服が好きな女性は容認されてるのに、スカート穿いて化粧したい男がヘンタイ扱いされるなんて
ファッションは立派なツールなのよ!
アタシは全身でポリシーを主張してるんだから!」

「へぇ……けっこうちゃんと理由があったわけね」

「…アンタもただの倒錯的嗜好だとか思ってたんじゃないでしょね?」

「………」


返答に詰まるあたしを見上げながら、耀が嘆息した。
すらっと持ち上げるのは、自分の右脚。
片腕であたしを支えながら、空いた方の手でそれを撫で上げる。
長さといい、脚線の美しさといい、確かにただの男にしておくには勿体ない。


「カンベンしてよね、こっちはオフザケじゃないのよ
どれだけ手がかかってると思うのさ、この脚ひとつにしたって…」

「そんで男の人に言い寄られたりとか?」

「バカこのっ」

「きゃぁっ! おもーい!」


からかい半分の言葉は、その右脚を肩に乗っけられるという攻撃で返された。
すんなりと美しい脚でも、やっぱり男は男。
強引に担がされると、存外に重い。
降ろそうとして触れた肌は滑らかで、ムダな毛なんて一本もない。
あんまりの触り心地の良さに、すべすべと掌で撫でてしまった。
耀は大人しくされるがままになりつつ、得意げに片眉を吊り上げている。


「ねぇ耀」

「なぁに?」

「キレイでいる秘訣って何?」

「秘訣? そおねぇ…」


寝っ転がって考える耀は、どこからどう見ても完璧なゴージャス美女。
お化粧だってあたしより上手なくらいだし、ソファに広がる金髪がまた美しいのだ。
おまけに他人に片脚担がれてるってこの状況。


「……教えて欲しい?」


爽やかに澄んだ青色の瞳が、妖しい感情にきらめいた。
誘惑に促されるまま、あたしは耀の内腿に唇を寄せた。


あたしはもうずっと、この人だけが持つ魔性に魅入られている。
きっとそれは、いつまで経っても変わらないだろう。
耀がどんな格好をしていようと、きっと。


(SS)マイペースグラニー(9999ゾロ番リクエスト)



―カランカラン……


「いらっしゃいませー」


店内がほぼ満員の昼時、新しく入ってきたのは背中の曲がった老婦人だった。
バイトが愛想良く客に声をかけ、てきぱきと水汲んでおしぼりも用意。
気ままにやってた店がこんなに繁盛して『しまった』のは、実はこのバイトが原因だったりする。

アイツは俺のこと、イロイロよ~く知ってる女。
そりゃあ可愛いぜ?
何たって『俺の女』だかんな。
なのに大学上がった途端、急にオトナになりおって。
ある日突然、マジメな顔で聞かれたのだ。
何でうちの店があまり流行ってないのか。

俺はわかりきった理由をつらつら述べた。
俺一人が趣味半分でやってるからってことや、休み不定期だとか、メニューころころ変わるとか。
それでも生活できる分くらいは稼いでるから、別に困っちゃいない。
なのにヒナのヤツ、美味いもんが作れるんだからもっとちゃんと店開けろときた。
何て返しても食い下がるから、シゴトで追われんのはゴメンだってぶっちゃければ、『稼ぎの少ない男ヤダ!』。
そのうえ『あたしここでバイトするからさ!』なんて言われてみろ。
んなもん………承諾する以外にねぇだろうがっ。


お客の注文取りに行ったヒナコだが、いつまで経っても戻らず。
しまいにゃ他の客の会計にかこつけて、その場を離れてしまって。
なんとも困った顔をしてるので、一度カウンターの中に呼び込む。


「おいどうした?
何してんだよこの忙しいのに」

「あのおばあちゃんに捕まっちゃって…
注文しないで世間話してくるんだもん」

「んだよ、バイトでも店員ならうまくあしらえよ」

「………ハイ」


―おねーさーん、おねーさんちょっとー


「…たまにいるんだ、ああいう客
慣れねぇと困るよな」

「……」

「俺が行ってくる、こっち頼むぞ」


タオルで洗った手を拭って、カウンターを出る。
影で頭を軽く撫でて笑って見せると、ヒナは少し元気を出したようだった。


「ご注文、お決まりですか?」

「あのね、孫にすすめられて来たの
ここはケーキ屋さん?」

「昼は喫茶店なんですけど、夜はお酒もお出ししてます」

「そう、酒屋さんなの」

「いや、酒屋というか…」

「たいへんねぇ、お酒もケーキも作ってるなんて…」

「…カクテルなら」

「ふ~ん…そう…」


老婦人は何とも鷹揚。
ばあちゃん、いいんだけどよ、早く注文してくれよ。


「あの、ご注文…」

「そうそう、あなた店長さんでしょ?」

「はい、そうです」

「孫から聞いてたんだけど、本当にイイオトコねぇ
イケメンていうんでしょ、あなたみたいな人」

「は、あはは…」


ばーさ…いやいや、ご婦人。
お褒めのお言葉、大変恐縮で御座います。
この黒沢史惟、カオには少々自信がゴザイマス。
なんならコーヒー一杯くらいサービスしても……。


「ダメよ、見た目がいいからって自惚れちゃ
どうせあの店員さんにもちょっかいかけてるんでしょ」

「え、あ……」


……やってくれる。
持ち上げて叩き落したよこのバーサン。


「うちの孫もねぇ、おかしなのと付き合ってて困ってるの
何だか心配でね、デートにこっそりついて来ちゃった
確かに顔はとっても綺麗なのよ
そりゃぁ、いつまで見てても飽きない気持ちはわかるけど、でも怪しいじゃない?
あんな…」

「あ、あのご注文はお決まりじゃないですか?」

「あ、あらあらごめんなさいね
私ったらつい
いやぁね、年とるとすぐこれなんだもの
ええと……何か甘いものがいただきたいんだけど、おすすめはあるかしら?」

「オススメですと、本日はココナッツとマンゴーのアイス…」

「アイスはだめ
冷たいもの食べるとね、すーぐに頭が痛くなっちゃうの
昔はねぇ、アイス大好きだったのよ!
でも五十過ぎた頃かしらねぇ、急に冷たいものが歯にしみるようになって…
やっぱり入れ歯にした方がいいのかしら?」


…歯は大事にしろよっ!
も、何なんだよさっきからイロイロと心あたりのあることを!
いいから何か頼め!


「……でしたら、フルーツタルトはいかがですか?」

「タルト? タルトはね、私イチゴのタルトが好きなの」

「あ、ストロベリータルトもありますよ」

「あらそう? イチゴのタルト大好き!
でもジャムみたいなのはだめよ
上にイチゴがそのまんま、いーっぱい乗ってるのがいいの」


―カランカラン……


「! ちょっとっ」

「うわ、えっ」


このクソ忙しい空気を全く読むことなく、おっとりと片手を頬に当てて考え込むお客サマ。
それが次の客を認めた途端、俺をぐいっと引っ張りこっそり耳打ち。


「あの人よ、孫の彼氏!」

「はぁ、……!」


…はぁ? えぇっ?
だっ…だってアイツっつっていったらちょっと、おばーちゃん!


「やほー、来たよー☆」

「! いらっしゃい!
あー、もしかしてデート?」

「あったりー! ほら、アンタもおいで」

「うん、こんにちはー………!」


入ってきたのは兄貴と彼女。
今日も超ミニスカートにピンヒールで決め込んだ双子の『お兄様』に、ヤツが溺愛しまくってる元幼馴染。


「「おばあちゃん!?」」

「馴れ馴れしい、私ゃあんたのおばあちゃんじゃないよ
このオカマめ」


耀と真耶が揃えて上げた叫びにつんとそっぽを向いて、老婦人は水を一口飲んだ。


気の張る一日は、まだまだ終わりそうにない……ちくしょっ。


春嵐 あとがき

春嵐、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今回の更新はあとがきにつき、『春嵐』のネタバレを含みます。
ご了承ください。



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