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不埒な夢。

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(連載・R15指定)あの子の上手な愛しかた3(完結)

実は彼女について、ちょっと思っていることがある。
それは、もしかして彼女はチャコと『話』ができるんじゃないか、ってこと。
だって傍で見てると、彼女とチャコのやりとりは全部、見事なまでに『噛み合っている』のだ。
ほしいもののリクエスト、ちょっとした出来事の報告、世間話にご機嫌伺い。
どう考えてたって以心伝心してる。
そうじゃなかったら、なんでああいう現象が起こるのか。


彼女に話しかけられたときのチャコの反応。
手持ち無沙汰に部屋をうろついた後、ソファにひっくり返っている彼女の上に乗っかったチャコを撫でる彼女の手。
何とはなしに空間を共有している二人(もはや『一人と一匹』なんていう表現をするのは憚られる)が作る、雰囲気の心地よさ。


特筆すべきは遊んでいるときだ。
テレビや何かの映像で、猫がおもちゃや何かにじゃれて遊んでいるところはよく見かけるけど、チャコを『じゃらす』のはすごく難しい。
このあいだ、いつもトイレ用の砂を買うお店に、鳥の羽のついた猫用のおもちゃがあったので買ってきたんだけど、見向きもされなかった。
いっくら目の前で振って、『こっちこっち』って誘ってもダメ。
むしろ『何バカなことしてんの?』ってくらい、醒めた顔されちゃって。
なのに彼女が相手だと、チャコはどんなものにでも本気で夢中になる。
家の中にあるなんてことないものに、目の色を変えてじゃれつくのだ。

丸めたティッシュ、穴の開いたくつした、ペンライトの明かり、彼女の手のひら。

この間なんか鉛筆相手に大暴れ。
本当に何の変哲もない普通の鉛筆なのに、もうすっごい大フィーバー。
おかげで遊び終わった後には、鉛筆はチャコの歯形がいっぱいついてて。

彼女が右に左にそれを振ると、瞳孔を真ん丸にしたチャコの首もついてくる。
RPGで『魔物使い』って職業があったけど、彼女はまるで『猫使い』。
どうやったらあんな風に、チャコを手玉に取れるんだろう。



「…猫って難しいなぁ」


ぽつんとこぼしたのは二週間後。
彼女のアドバイス通りにしても、効果がイマイチだなぁ、なんて思い始めた頃。
だっていくら言う通りにしてたって、ぼくは彼女みたいにはいかないのだ。
相変わらず抱っこすれば唇に前足つっぱられるし、瞬きでごあいさつしてもそっぽ向かれたりするし、何もしなくても寄ってきてくれることなんてまずないし。

珍しくにゃんにゃん鳴いて纏わりつくときがあったと思ったら、『イカくれぇ』だの、『トイレがきちゃない』だの。


「気まぐれだからね
こっちにおいでって思ってる間は来ないと思ったほうがいいかも」

「なにその天邪鬼」

「猫ってそんなもんよ、言ったじゃんツンデレだって
ほら、女心と一緒よ」

「…一生わかんない自信があるんですけど」

「あはは…」


ため息吐いて見やるのは、ソファで毛づくろいをしているチャコ。
もう一度呼んでみるけど、特に反応はナシ。
申し訳程度に、耳だけはこちらに向けたけど、相変わらず寝転んで、お腹やら後足の指の間やらを舐めている。


こっち向いてよ、もう。
そっけないんだからなぁ。


「仕方ない…
じゃぁ、ちょっとお手伝いしてあげよっかな」


ソファでふてくされていたら、だらしなく座ったぼくの腹の上に彼女が乗っかってきた。
向かい合うように膝にまたがって、そのまんまキスされる。
今日はミルクの匂いのリップクリームをつけているみたい。


「何…おてつだい、って」

「んふ……すぐにわかる」


息を吸うのに唇を離したついでに聞いたら、答えにならない答えの後でまたキスが続いた。
甘い香りの唇は、柔らかいなんて言葉じゃ全然足りないくらいにふにゅっとしてる。
ぼくのと全然違う、これまた柔らかくてふにふにした手のひらが右と左の頬に添えられて、少しひんやりしたそれが気持ちいい。
上半身を引き寄せたら、シャツ越しにツンとした感触がふたつ。
どうやら本日はノーブラでいらっしゃる模様。

あ……やばい、かも。


そろっと舌を滑り込ませたら、待ってましたとばかりに彼女のそれに舐められた。
合間に、んくっ、て小さく息を呑むのは、キスが深くなりだしたときのいつもの癖。
これからのディープなひとときのために心の準備してるみたいな、ぼくが可愛いと思ってるとこのひとつ。
ぼくは彼女のキスがすごく好きだ。
お互いに撫であって、絡めて、軽く吸って、これから楽しいお時間が……。


「………うそぉん」

「! あはは…っ」


始まるはずだったのに、予想外のお方の乱入に阻まれてしまった。
密着していたぼくと彼女の間に、強引に割り込んできた小さな『ツンデレ』さんに。
文字通り力任せに、頭から突入して、勝手にぼくの上に乗っかって。


「ね? 手が空いてない時に来るんだって」

「も、なんで今なのちょっとぉ」


せっかくのラブラブタイムを邪魔してくれたチャコ。
厚かましいとはまさにこのこと。
ぼくの都合なんておかまいなしで、膝にでん、と横になって居座って。


「よかったね」


よくないよ!
ちょ、待って、あと一回!
キッスを!
ぼくにもっときみのキッスを!!

あ、あー……降りちゃった。

あっさり膝からなくなってしまった、彼女の重み。
残ったのはそれよりも大分軽い、ふかふかのお嬢ちゃん……もといお邪魔虫。
そんなに不満なら降ろせばいいんだろうけど、チャコが自分から乗っかってきてくれることなんて真夏にヒョウが降るくらい珍しいのだ。


「……もおぉ」


またまたオアズケくらったぼくは、すっごくうらめしい思いでチャコをにらんだ。
当のチャコは我関せずとばかりに、尻尾をくゆらせながら前足の肉球のあたりを舐め始めていた。



もうわかりきったことだけど、チャコは我が家のオヒメサマだ。
チャコのリクエストは、いつでもどんなときでも最優先。
それはぼくにとってだってそうだし、彼女にとってもそう。
甘やかしたつもりはないけど、今のチャコには拾った時の憐れっぽさもなければ奥ゆかしさだってない。
厚かましくて、自己主張が強くて、その上ワガママで気分屋。
なのにムカつくくらいに可愛くて、毛づくろいしてるのを見ているだけで和んでしまう。
そうやって、簡単にマイナス要因を帳消しにできちゃうんだからズルイ。

仕事から帰って、ただいまって言いながら玄関開けると彼女の声がして、そのあとぬ~っとチャコが姿を見せる。
いかにも『たまたま通りかかっただけですから』って感じだけど、それが毎回ともなればわかるってものだ。
ただ通りかかったんじゃなくて、本当は『お出迎え』なんだってことくらい。
家にたどり着いたぼくは基本的にクタクタなので、そうして出てきてくれるチャコには本当に癒されるのだ。
たとえその時抱き上げたチャコが例によって例のごとく、不機嫌な顔してぼくの顔に前足を突っ張ってきたって。

反面、ちょっと寂しいかなぁ、って時だってある。
用があるときぐらいしかチャコが話しかけてくれなかったり、抱っこしてあんまりイヤがられたりすると、色々自信なくなっちゃったり。
いじけて彼女に言いつけたら、『あんたは元々犬派かもね』なんて言わちゃって。
わかりやすく反応を返してくれて、あけすけに好意を表現してくれるコがいいなら、ペットに猫は向いてないかな、って。


ぼくはその言葉に若干ヘコんだ。
相性がよくない、って、バッサリ切り捨てられたみたいな気になってしまったのだ。
誰との相性って、チャコもまあそうだけど、むしろ『彼女』との相性、というか。

というのも、ぼくは以前から思っていたのだ。
彼女は猫みたいだ、って。
気まぐれなとこ。
こっちの思うとおりにならないとこ。
そのくせガッチリぼくの心を掴んでいてで、キライになんて全然なれないとこ。
それは愛すべきチャコにも重なる彼女の魅力で、ぼくがどうしようもなく惹かれてしまう部分だった。

でもたまに、疲れて気分が落ちてるときなんかは、こっちばっかり振り回されてる気がして不安になったりもした。
彼女が冷たいだとか、好かれてる実感がないだとか、そういうのとはちょっと違う。
主導権はいつだって、ぼくの方には無いように思えるのだ。
言うなれば、『誰かを夢中にする』側じゃなくて、『誰かに夢中になる』側。
だから時々心配になるのだ。
ぼくの向いてる方向に、ちゃんと彼女がいるんだろうか、って。
ちゃんと彼女がいて、ぼくと同じようにこちらを見ていてくれてるだろうか、って。

みかえりが欲しい、なんて言い方だと、ちょっといじましい響きになってしまう。
そうじゃなくてもっと単純に、自分の好意がどう受け止められているのか、確かめたいって思う瞬間だってあるってだけ。


好きになった相手には同じように好かれたいっていうのは、ワガママなのかなぁ。
チャコにしても……彼女にしても。


気分屋で自由奔放なチャコと、彼女はまことに上手に付き合っている。
チャコの痒いところに手が届いてるのが、見ているだけでも分かるのだ。
それを見てると、すごいなぁ、いいなぁ、という気持ちがヤキモチに変わっていく。
どうしたらチャコが振り向いてくれるんだろ、ってマジメに考えだしちゃって、そのうちまた全然違う方向に思考が逸れて、最終的に一人で落ち込んで。



今日は何を考えてもダメらしい、という結論に至ったぼくはその日、とっとと風呂に入って寝ることにした。
晩酌は省略。
酒飲む時間がもったいなくて。
眠気はベッドに横になって早々にやってきたので、やっぱり疲れのせいか、と納得した。
こういう日は眠ってしまうに限る。

意識がなくなる直前、閉じた瞼の奥で眩暈みたいなものを感じるのはいつものこと。
順調に睡眠に向かってる証拠だ。
もう起きてるのは頭だけで、身体は先に眠りに入ってる。



―ぽす、



何かがベッドに乗ってきたのは、そういう状態の時だった。
ボケた頭じゃ何だかわからなかったけど、横向きになった鼻先や頬。
擦るというよりそれとなく掠めて行くのは、馴染み深い、ふわふわでいい匂いの毛並み。


………チャコきたあああああぁ!!


眠気なんて一気にぶっ飛ぶ。
重くなってた身体がたたき起こされる。

昂揚と緊張で、全身にトリハダが立ってる気がした。
ドキドキの心中が動きに出ないように、ゆっくり、そおっと、体勢を横向きから仰向けに変えた。
チャコはめったに来ないぼくの部屋を見回しつつ、ベッドの上をうろうろしているみたい。
みたい、っていうのは、目を閉じてるから見えないのだ。
なぜかはわからないけど、目を開けてチャコの方を見たら、ここを降りて部屋からも出て行っちゃうような気がして。

微妙に硬直した身体で、チャコの気配をじっと感じていた。
チャコは一通りベッドの上を歩き回って、また枕元に向かってきた。
もう満足して降りちゃうかな、って心配しつつ、タイミングを見計らってゆっくり布団を持ち上げた。
左の脇のところに少しスペースを作って、『ここで寝転がれるよ』って見せるように。
チャコはしばらく―布団を持ち上げてる右手が疲れてくるくらいの時間―逡巡して、それからおもむろに中に入ってきて……。


―う…っわー……!


左腕の脇の下のところで、くるっと器用に丸くなった。
いつも彼女にしてるみたいに、腕の付け根のくぼみのところに頭を置いて。
落ちてたテンションが一気に回復した。
何この極上のご褒美。
威力ありまくりなんですけど。

腕を内側に丸めるようにして撫でるチャコの背はなめらかな感触。
毛づくろいの行き届いている証拠。
身体に響いてくる、ごろごろ鳴ってるチャコの喉の音に、思わず口元が緩んでしまう。
彼女と一緒に寝るのに慣れたぼくには、この小ささも重みも、大分心許ない。
熟睡して寝返り打ったときの事とか、少し心配なのだ。
いや、でも何とかしましょう。
せっかくチャコが来てくれたんだから。
今夜はこの姿勢のまんまで眠ればいいだけだもんね。


何度か微妙に体勢を変えながら、チャコが口をむにゃむにゃさせた。
人間みたいな仕草がおかしくて、それでもってものすごく可愛かった。

(連載・R15指定)あの子の上手な愛しかた2

―なーん、にゃぁーん

「おー、どうした? ゴハン?」


足元にすりすりしてきたチャコを撫でる。
短めの毛足はその分細くて柔らかくて、触り心地がすごくいい。
女の子の几帳面さとか、身だしなみへの気遣いって、動物でもそうなんだろうか。
だってチャコはすっごくいい匂いなのだ。
太陽と、土と、彼女の寝室のベッドの匂いが混ざってる。


「ん~チャコ~♪ ! うぷっ」


お腹に顔を埋めて癒されるつもりだったのに、唇にすごい勢いで肉球を押し付けられた。
それはチャコの右前足の平。
ぼくの顔面を押して遠ざけるみたいに、前足を突っ張っているのだ。
しかも相当な力で頑張ってるから、ちょっとだけツメまで出ちゃってる。
だから感触の大半はぷにぷになのに、ところどころチクチクでフワフワ。

ちょっとひどいじゃん、うるわしの肉球ちゃん。
これくらいのスキンシップくらいさせてよね。


「んっぷ、ちょ、チャコわかったってば…ふぐっ」


顔を近づけられるのがどうしても我慢できないらしい。
チャコは執拗に、前足をぼくの唇に押し付け続けようとする。
仕方ないから、顔を埋めるのは諦めて床に下ろしてやった。
抱っこはあんなにイヤがっていたのに、チャコはやっぱり、数字の8を描くみたいにぼくの足元にすりすり。

ゲンキンな奴め、どうせメシの催促なんだろ。

ムっとしながらも、あたらしい缶詰を取り出した。
あけたら食べやすいようにほぐして、なおかつかぶりつきやすいよう、トレイに山形に盛る。
ネコって動物は人間と違って顔が尖ってるから、そうしてあげるのが親切なんだって。


―なぁ~ん、にゃぁーん

「待って待って、今あげるから」

「ちがうよ、イカだって」


コーヒーすすりながら雑誌を見ていた彼女が、背伸びをひとつしてこちらに歩いてきた。
ぐりぐりっ、と肩を回しながらの台詞に、ぼくは首をかしげる。
『チャコに夜這いされよう!』計画が持ち上がってからというもの、彼女はこんな感じで通訳を買って出てくれる。
のだけど、我が家で臨時の食料調達係になっているぼくの記憶には、チャコ用に買って来た物の中にイカが使ってあるものはなくて。


「イカ? イカ缶なんてあった?」

「ちがーう、裂きイカのこと」

「裂きイカ? 裂きイカってあれ?」

「そおよ、忘れちゃった?
こないだあんたからもらったって言ってるよ
すーっごくおいしかったんだって
ね~チャコ?」

―にゃー!

「ったくもう、あたしに内緒でイイモンあげちゃってさ」

「……あ~…」


ニラまれて初めて、何日か前の晩酌のことを思い出した。
おもちゃにじゃれつくみたいにして、ツメにイカひっかけて遊ぼうとしてたから、試しに少しやってみたのだ。
そしたらチャコってば、いっちょまえに『シャー!!』なんて威嚇しながら食べてたっけ。

なるほど、あれは『気に入った』ってことだったわけか。


―にゃーんぁーん

「だめよう、イカはしょっぱいんだから
そんなに食べちゃお腹壊しちゃう」

「……なんで?」

「へぇ?」

「なんでショッパイとお腹壊すの?」

「えぇ? だってほら
しょっぱいもの食べると喉が渇くでしょ?
喉が渇くと、お水沢山飲むじゃない」

「はぁ~……そういうこと」

「そゆこと」

―にやぁ~ん

「だぁめ、イカは」

―にゃぁあん!

「今日はガマンしな
明日またあげるからさ、ね?」

「お腹壊したら、大変だからさ
ほら、とりあえず缶詰にしとこう?
今日はちょっと高いマグロ缶にしてあるから、ね?」


宥めてなんとか食べさせたはいいものの、キャットフードにぱくつくチャコは、やっぱりどこか不満そうに見えた。

その日、いつものように寝る前に、彼女と一緒にちょっとだけ酒を飲んだ。
肴はもちろん裂きイカで。
そうかぁチャコはコレが好きなのかぁ、なんて思いながら食べていたら、ふたりともついつい食が進んでしまって。
もとから食べかけだった裂きイカはあっという間になくなってしまった。
後から部屋に入ってきたチャコがうらめしそうに、空になってしまった袋の中を舐めていた。



翌日は休みで、すごくお天気がよかったのに彼女はだるいってソファでノビていた。
最近気温が低めだったから、温度差のせいだろう。
何するのもめんどくさい、お出かけしたくない、って、ぼくに買い物を頼んでくる。
ぼくも面倒だったんだけど、『チャコもイカ欲しいよぉって、ほら』なんて言われちゃうと、断るわけにはいかなくて。


臨時の食料調達係って、つまりはこういうこと。


自転車飛ばして近所のスーパーで買うのは、夕食の食材。
もちろんお徳用サイズの裂きイカも。
それから大きいカップのプリンに、刻んだフルーツの入ったヨーグルト。
これは彼女へのオミヤゲ。
デートやら何やらの手の込んだイベントよりも、こういうものの方が喜ぶんだからオモシロイ。



「だって『適当にどっか連れてっとけ』みたいなのヤなんだもん
ご機嫌取りが大雑把っていうか」

「そんなもん?」

「他のコは知らないよ?
あたしは、こういうのの方が好ましいってだけだもん
いつもどっかであたしのこと考えててくれてるから、今日だってオミヤ買ってきてくれたんじゃないの?」


急な晴天でバテ気味だった彼女は早速、フルーツヨーグルトをあけて美味しそうに食べている。
しかもこちらに向けた台詞がまったくその通りで、改めて言われるとなかなか恥ずかしい。
買って来たものを冷蔵庫に仕舞ったりしてたのに、照れのせいで手元が狂ってたまねぎを落っことしてしまった。
屈んで拾おうとしたところにチャコが来て、目が合って。


「おぅ、イカ買ってきたからな」

―………


……。
そりゃね、人間みたいに喜んでくれなんて言わないよ。
でもさ、もうちょっと嬉しそうにしてくれないかね?
何よその中途半端に細めた目は。


「………キゲン悪いのかな、お嬢」


お嬢ってもちろんチャコのこと。
ぼくと彼女の生活は、中途半端で都合がよくて、どこか不安定なくせに、反面ではちゃんと『家庭もどき』になっている。
ぼくがパパで彼女がママなら、当然チャコは愛娘。


「なんでー、怒られた?」

「ううん、なんかすっごい目つき悪いの
半端に細めちゃったりして」

「う~ん?」


ふてくされ気味に拾ったたまねぎを弄んでいたら、ぽてぽて、と彼女がこちらに歩いてきた。
唇のはしっこに、ヨーグルトひっつけたまんま。


「…美味しかったでしょ?」

「うん?」

「ほら」


拭ってあげた左手の中指を見せたら、すかさずちゅっ、ってしゃぶられた。
びっくりしているぼくに、してやったり、って感じで笑いかけてくる彼女。
足元にちょこんとお座りしているチャコは、やっぱり細めた目でぼくらのやりとりを見上げていて。


「どしたのチャコ~?」


舐められた指の余韻で若干ムラっとしてるぼくをほったらかして、彼女はひょいっと、慣れた手つきでチャコを抱き上げた。
珍しいことに、チャコは大人しく彼女にだっこされている。
三白眼っぽい、鋭くて半分閉じかかったような目つきをしてるのに、彼女は全然気にかけてない。
顎の下を撫でられたチャコは、彼女の方を向いて更に目を細めて見せる。
どことなく眠そうな顔にも見えるな、なんて思ってたら、彼女がつられたようにチャコにまばたきした。
一秒か二秒くらいかけて、ゆっくりな瞬きを何度か。


「…もしかして眠気移った?」

「なんで?」

「や、なんか眠そうな瞬きしてたから」

「……ああ、ちがうちがう、ほら」


彼女の腕の中、丸くおさまったチャコが、満足そうに目を閉じていた。
そうしてると、なんだか笑ってるみたいに見える。
チャコはかなりの上機嫌で、しかもとってもリラックス状態。


「えーなんでー!
さっきまでゴキゲンナナメだったのに」

「こっちにむかって目細くしてた?」

「うん」

「あは、あれは『ごあいさつ』の催促だよ
ネコちゃんはツンデレだからさ、ごあいさつは相手からして欲しいコが多いんだ」

「『ごあいさつ』って?」

「瞬きするの、こうやって」


彼女はそう言ってさっきのように、ごくゆっくりと瞬きした。
今はすっぴんだっていうのに、影ができそうなくらいに長い睫毛。
エクステ?
まさか、地毛に決まってるでしょ。


「猫にはそれがごあいさつになるの?」

「そうみたい
向こうがして欲しいときにちゃんと応えてあげるとね、結構ポイント高いよ」

「…どうやったらわかるの、『して欲しい』ときなんて」

「チャコー、パパがこっち向いてってさ」


彼女の言葉を理解してるとしか考えられない動きで、チャコはぼくの方を見た。
さっきと同じく、視線を合わせたまま少し目を細めてくる。
三白眼気味の、眠いんだか不機嫌なんだかわかんないような表情。


「ほら、今」

「…うん」


ぼくは促されるまんま、彼女の真似をした。
まだ目を細めたまんまなので、もう一度。


「……なんも起きてなくない?」

「チャコー、こっち向いて」


今度は彼女が同じように。
目を細めるチャコに対して、ぱた、ぱた、と瞬きしてみせる。
黙ったままのコミュニケーションを何度か繰り返していたら、チャコは最後は目を瞑ったまんまになった。
やっぱりほんのり笑っているみたいな顔で、今度はゴロゴロ喉が鳴ってる。


「ほらぁ」

「えー! なんでぇ?」


得意そうな顔して笑う彼女とゴキゲンなチャコの前で、ぼくだけが納得いかないのであった。



(連載・R15指定)あの子の上手な愛しかた1

雨のそぼ降る仕事帰り。
折角桜が咲いたというのに、気まぐれな天気が温度を下げて、花の盛りを一層短くしてしまった日の夜のこと。
最寄り駅から家までの道中を、疲れた頭を空っぽにしてぼくは歩いていた。



きゃあお、きゃあぁお、きゃぁああお。



擬音にするとそんな響きの鳴き声は、すっからかんの思考を突き刺すみたいにして耳に入ってきた。
仔猫だ、とわかったぼくは、いてもたってもいられなくなって辺りを見回した。
悲鳴のように甲高い音を発するのに、声の主がものすごいエネルギーを使っているのがわかったからだ。
自分の命を削っているっていうのがありありと伝わってくる、文字通り必死で懸命な声。
そしてそこを通りかかったぼくはと言えば、そんな命がけの鳴き声を聞き流して帰路につけるようなタイプじゃなかった。

その子がいたのは住宅街のゴミ捨て場。
あまりにもわかりやすく、ゴミ同然に捨てられていた。
ふやけたダンボールはかろうじて原型を保っていたけれど、それほど役目を果たしているとは言えない状態だった。
その中で大声を上げて鳴いていたのは、白地にキジトラ模様の仔猫。
毛は濡れて束になって、小さな身体が余計小さく見えて、みすぼらしさが一層庇護欲をかきたてた。

大きさは所謂手のひらサイズ。
男のぼくなら片手で簡単に掴めてしまうくらい。
仔猫特有の、灰色がかったブルーの目。
目の色がちゃんとするまではあまり見えてないらしい、と聞いたことがあったけど、その子はぼくがダンボールのふたを開けたとき、まっすぐにこちらを見た。
見上げてくる表情は己の境遇を理解しているみたいに、深く深く傷ついているように思えた。

そうして仔猫はぼくに向かって、今までの必死さとは全然違う声で鳴いたのだ。
ぼくだけに向かって、か細くて、小さくて、今にも消えてしまいそうな音で。


そのときの、目一杯の悲しさがつまっているようなひと鳴きは、どんな言葉にも表せない。
ただ『たすけて』って言われたんだって、直感みたいに感じて。


ぼくは思わず、ダンボールに両手を突っ込んで仔猫を抱き上げた。
見た目以上に軽くてちいちゃくて、びっくりした。
際限なく降る雨に体温を奪われていたらしく、すごく震えていた。
多少はマシになるかと思って、コートの中、左手を軽く曲げて脇の下のあたりに入れてやった。
ぬくもりにしがみつくように仔猫は僕の服にツメを立てて、ぴったりとくっついてきた。

仔猫は家に帰るまでの間中、ずっと大人しくそこにおさまっていた。
もう、あの必死な声は出さなかった。



ぼくには一緒に暮らしている彼女がいる。
ふたつ年下で、元々は幼なじみ。
玄関を開けたらおかえり、と声だけがして、仔猫を落とさないように苦戦しながら傘をたたんでいるところで姿を見せてくれた。
ぎこちない動作にどうしたのかって聞かれたから、傘を渡してコートの中を広げて見せた。
濡れた仔猫がうとうとしているのを確認した時、彼女はうわぁっ、て歓声を上げた。
何て言ったって、彼女は猫が大好きなのだ。
拾って帰っちゃったぼくだって、負けず劣らずそうだけど。

帰宅直後だというのにぼくはおつかいを頼まれ、近くのコンビニで缶詰のキャットフードを買ってきた。
仔猫はあったかい蒸しタオルで念入りに拭かれて、遠めにあてたドライヤーの風で乾かされた。
彼女の手が丁寧に汚れを拭うごとに、濡れ鼠状態の小さな生き物からはみすぼらしさも消えていく。
毛がキレイに乾く頃、憐れを誘う風情だった捨て猫は、ふっかふかでふわふわで、すっごく可愛い仔猫ちゃんになっていた。
しばらくは慣れない感じでそわそわしていたけれど、彼女が丁寧にほぐした缶詰の中身をあげたら一直線。

名前どうしようね、って彼女が聞いてくれた時、ぼくは無性に嬉しくて、子供のときみたいに胸がわくわくした。
それはきっと、顔にも思いっきり出てたんじゃないだろうか。
彼女の表情は、『仕方ないなぁ』と『ちゃんと世話するのよ』の混ざった、母親みたいな感じだった。
うにゃうにゃうあう、って、感激してるみたいな唸り声を上げてゴハンにがっつく、仔猫の背を撫でながら。



週末を待って、念のために病院に連れて行った。
特に病気もなくて、健康だって言われてほっとした。
仔猫の名前は『チャコ』になった。
ぼくは人間みたいな名前にしたかったんだけど、彼女は呼びやすいのがいいって。
せめてもの女の子っぽく(仔猫ちゃんはメスだったので)と思って、最後が『コ』で終わる名前にしたいって頑張ったら、そういうことになった。
茶色くないのに『チャコ』でいいの?って聞かれたけど、その時にはもう本人(本猫?)が気に入っていたみたいだった。
『チャコ』でいい?って聞いたら、仔猫ちゃんはこちらを向いて、元気な声でお返事したから。

病院の帰りにノミ取り首輪を買った。
うすいピンク色で、女の子らしい感じがなかなかかわいいのだ。
家に帰ってつけてやったら、実際よく似合っていた。
さあ、これできみはうちのコだよって話しかけたら、チャコは嬉しそうに喉を鳴らして、尻尾をぴんと立てた。


そういうわけで、『ぼくと彼女のくらし』は『ぼくと彼女とチャコのくらし』になった。
ぼくも彼女も、チャコの可愛らしさにすぐにデレデレになった。
親ばかならぬ飼い主ばかだとは思うけど、チャコは本当に最高なのだ。

大きな目。
大きな耳。
高い声。
長いしっぽ。

挙げていったらきりがない。
見た目はもちろんだけど、その他の全部だって、ぼくと彼女を魅了した。

人懐っこいとこ。
そのくせ気分が乗らないと寄り付いてこないとこ。
たまにムシやトカゲやネズミをとってくるとこ。
どこでもツメをバリバリやるとこ。
寝相が良いんだか悪いんだか、眠りが深くなるとすぐにお腹を出して仰向けになっちゃうとこ。
それから、それから……。

…やっぱり、枚挙に遑(いとま)がなさすぎだ。


チャコは完璧だった。
残酷さも無防備さも奔放さも、ぼくらが愛玩せずにはいられない、チャコの魅力のひとつでしかなかった。
チャコのどこが可愛いか、何に心を奪われるか。
尽きない話題に二人で盛り上がって、お互いに『あぁ、わかるわかる!』って。
チャコが現れ、ぼくと彼女の間に入ることで、ぼくと彼女はより親密になるのだから不思議だった。

その反面、ぼくはたまに彼女に嫉妬した。
理由はもちろんチャコだ。
チャコはぼくが『うちのコ』にしたのに、ぼくよりも彼女に懐きだした。
仔猫のブルーの下に隠れたチャコの本当の目の色が、エメラルドみたいな素晴らしいグリーンだったってわかる頃には、それは随分顕著になっていた。
チャコは彼女の膝によく乗るし、彼女に向かってよく鳴く。
しかも彼女は鳴きながら足元にまとわりつくチャコを、いつも見事なまでに満足させるのだ。
ぼくには『にゃあん』としか聞こえないその鳴き声の、微妙な抑揚の違いが彼女は理解できるのだという。


ゴハンがほしいの、今日はマグロの缶詰にして。
お水が少なくなってるの、あたらしいのを頂戴。
おそとに出して、お日さまに当たるの。
ねえねえねえ、あたしかわいいでしょ?


生憎、ぼくはどんなに注意深くしていても、彼女ほど上手にチャコとコミュニケーションが取れない。
それもあって、チャコはぼくよりもきちんと自分の意図をわかってくれる、彼女の方に寄って行くのだ。
100歩譲って、それはまあ仕方ないとしよう。
誰だって要領を得ないバカより、自分の願いを叶えてくれるヤツの方がいいに決まってるんだから。
でもぼくが妬けちゃう理由はそれだけじゃない。



チャコが彼女になつくほどに、ぼくと彼女の『恋人』な仲良しタイムが少なくなってしまうのだ。



寝相が悪いうえに気分屋のぼくらは、それぞれが別の寝室を持っている。
疲れているときとか、たまに一人でぐっすり寝たいときがあるでしょ、ってことで、そうなった。
行きがかり上一緒に寝ざるを得ないっていうのは、倦怠期を引き寄せそうでいやなの、っていうのは彼女の言葉。
実はぼくも、その意見には同感だったりする。
だから一緒がいい時には、どっちかがどっちかの寝室に『夜這い』をかけるのだ。
それはぼくからのときもあるし、彼女からのときもある。
鉢合わせすることも少なくない。
相手の部屋に向かう途中、そろりそろり足音を立てないように歩いているところで、タイミングよく相手の部屋のドアが開いたり、なんてことも。

そういう夜が明けた朝には、二人分のパジャマがリビングのあちこちに散らばっている。
ぼくと彼女の寝室はリビングを挟んで真反対のところにあるから、ちょうどそこが中間地点なのだ。
あらぬところに転がっているのは何もパジャマだけじゃない。
裏表が半分ひっくり返ったぼくのトランクスと、小さくてスケスケでエッチなデザインの、彼女の丸まったショーツも。
脱ぎ捨てましたっていうか、むしろ引っ剥がしてかなぐり捨てました、みたいな風情に、その時のテンションがそのまんま残ってる。
気恥ずかしい反面妙に可笑しいのは彼女も一緒みたいで、いつも赤い顔して笑いながら、洗濯籠の中に夜の残骸を回収して回ってて。



つまり、ぼくらの夜にはそういう、ちょっとばかり楽しみなイベントがあったわけなのだ。
なのにぼくは最近、何度かそれに失敗している。
だって彼女と就寝もうとして部屋に入ると、もうチャコが布団に入っているのだ。
仰向けに行儀よく横たわっている彼女の、左の脇の下のところ。
腕と胴の間におさまって、身体のカーブに合わせてぴったりひっついている。
腕の付け根のくぼみのところを枕にして、まるっきり甘えた顔をしているチャコ。
喉をゴロゴロ鳴らして、彼女のしなやかで柔らかい手に撫でられて、そりゃあもう幸せそう。

それを見ると、すごく微妙な気分になる。
だって『ぼくと彼女のくらし』のときには、彼女みたいに脇の下をあけて寝ていたのはぼくだったからだ。
そして彼女が今のチャコみたいに、ぼくの身体にぴったりひっついて寝ていた。
夜這いの本懐を遂げた後。
ぼくは左腕に彼女を抱えて、髪の毛や肌を撫でながら眠るのだ。
くしゃくしゃになった後頭部や、まだしっとり汗の残る、滑らかで小さな肩や背中を。
腕の付け根のくぼみは彼女のほっぺのカーブがちょうどよくはまるから、眠る直前まで彼女の顔を見ていられて、ぼくはそれがすごく好きで。


何回かそんなことが続いたある日、ぼくは彼女にゴネた。
たまにはぼくとも一緒に寝てよ、って。
彼女はちょっとばかりフリーズした後、お腹を抱えて大爆笑。
やぁだ、チャコにやきもち?なんて、真に受けてくれないんだ。
笑い事じゃないよ、ぼくは本気で言ってるのに。

ふてくされてお茶をすすったら、あんたもチャコに夜這いされてみたらいい、だって。
最近ではめっきりそっけなくなってしまったチャコが来てくれるはずない、って返したら、『コツ』さえつかめば大丈夫、って。
ちょうどその時、テーブルの下でぼくの足に何かが『すりっ』と寄ってきた。
覗き込んだら、それは思ったとおりチャコ。
どうしたの、って話しかけたら、ぼくに向かってにゃぁおとひと鳴きして。


なんだろな、と首を捻るぼくに、『まずは餌付けからっしょ?』と彼女が笑った。



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